喫煙と禁煙
日本禁煙推進医師歯科医師連盟通信2000年第3号
「健康日本 21 」計画から『成人の喫煙率と 1 人当りのたばこ消費量を 2010 年までに半減する』という目標が削除され, 保健医療関係者のみならず, たばこ問題に関心を持つ一般市民の間からも落胆の声があがったばかりだが,喫煙とともに禁煙に関わる用語が何となく, 定義が曖昧なままに用いられるので少々検討してみたい。
喫煙者
「 平成10 年度喫煙と健康問題に関する実態調査報告書」1) が本年(平成12 年) 3 月に厚生省から公表された。 その中で表 1 のように, 現在喫煙者, 前喫煙者 , 非喫煙者, それに喫煙率などの定義が掲げられており, たばこはシガレット(紙巻きたばこ)と同義語として扱われている。 同じく厚生省が毎年実施し, 発表している「国民栄養調査」の中でも, たばこの種類に対する配慮の記載はなく,平成7 年度 2) 以降, 「喫煙者は, 現在, 継続的に(毎日または時々)吸っている者」と定義され, 表1 の現在喫煙者に相当すると考えられるが, 喫煙率の算出に際して, 両者の間で数値に若干の相違が生じ得る。 喫煙率に関する, 各種の調査結果には格差が認められ, その要因にはサンプルの設定方法や対象の年齢構成, 回答率, 実施機関などがあげられることが指摘されている3)が, 喫煙者の定義そのものが何より重要である。 最近, 世界保健機関(WHO)は, そのガイドラインの中でシガレット喫煙のみならず様々な様式のたばこ使用の流行状況とその国際比較を, 地球規模で把握するのには厳密に定義されるべき用語と概念の標準化が必要なことを改めて強調し,主要な定義づけを以下のように述べている 。 4) すなわち「如何なる人間集団も喫煙者( smokers)と非喫煙者(non-smokers)に区別することができる。
用語 | 意 味 | 備考 |
---|---|---|
現在喫煙者 | これまで合計100 本以上又は6 ヶ月以上たばこを吸っている者で 過 去1 ヶ月間に、毎日又は時々たばこを吸っている者 |
対象者数:3,761 人 (男:2,928 人,女:723 人) |
前喫煙者 | これまで合計100 本以上又は6 ヶ月以上たばこを吸っている者で 過去1 ヶ月間にたばこを吸っていない者 |
対象者数:1,018 人(男:836 人,女:157 人) |
非喫煙者 | これまで合計100 本以上及び6 ヶ月以上たばこを吸っていない者で 過 去1 ヶ月間にたばこを吸っていない者 |
対象者数:6,443 人 (男:1,428 人,女:4,885 人) |
喫煙率 | 喫煙歴に関係なく「過去1 ヶ月間に、毎日又は時々たばこを 吸う者 」が全体に占める割合 |
回答者数:5,190 人 |
初回喫煙年齢 | 生まれて初めてたばこを吸った年齢 | |
習慣的喫煙開始年齢 | 喫煙が習慣になったときの年齢 | 回答者数:3,580 人(現在喫煙者 及び前喫煙者のみ集計) |
A 喫煙者は, 調査時点において, いかなる形状であれ、たばこ製造物を, 毎日, または時々喫煙する者である。喫煙者はさらに2 つのかテゴリーに分類することができる:
A1 毎日喫煙者( daily smoker)はいかなる形状であれたばこ製造物を少なくとも 1 日に 1 回喫煙する者である (例外として, 毎日喫煙するが宗教的断食日には喫煙しない者も毎日喫煙者として分類する)
A2 時折喫煙者( occasional smoker)は喫煙はするが毎日は吸わない者である。時折喫煙者は次のような場合も含む:
A2 i) 減煙者( reducers)-毎日喫煙をしていたが現在は連日の喫煙はしていない人々。
A2 ii) 継続的時折喫煙者( continuing occasional)-毎日喫煙の経験はないがこれまでにシガレット 100 本以上(またはそれ相当量のたばこ製造物)を現在時々喫煙している人々。
A2 iii) 実験的喫煙者( experimenters)-これまでに100本未満のシガレット(またはそれ相当量のたばこ製造物)を喫煙したことがある現在時々喫煙している人々。
B 非喫煙者(non-smoker)は, 調査時点において, 全く喫煙をしていない者である。 非喫煙者は3 つのカテゴリーに分類される。
B1 前喫煙者(ex-smokers)は以前は毎日喫煙者であったが現在は全く喫煙していない人々である。
B2 喫煙未経験者(never-smokers)は過去に喫煙経験が全くないかまたは毎日喫煙者であったことのない人々でこれまでにシガレット100 本未満 (またはそれ相当量のたばこ製造物)しか喫煙したことのない人々である。
B3前時折喫煙者(ex-occasional smoker)は以前は時折喫煙者であったが毎日喫煙者であったことはなく, これまでにシガレット 100 本以上 (またはそれ相当量のたばこ製造物)を喫煙した人々である。
これ等の定義は人々のこれまでの喫煙状況に従って集団を分類するのに用いることができる。 特に:
C 喫煙経験者(ever smokers)はこれまでに少なくともシガレト 100 本(またはそれ相当量のたばこ製造物)を喫煙した経験のある人々であると定義される。 この際の特殊な二次分類として毎日喫煙の経験があるか, または現在毎日喫煙をしている人々があげられる。
C1 毎日喫煙経験者( ever daily smokers)は現在において毎日喫煙者, 減煙者または前喫煙者である人々と定義される。
これ等のカテゴリー間における関係は表2に示されている
Previous smoking status | Current smoking status | ||
---|---|---|---|
Daily (A1) | Occasionally (A2) | Non-smoker (B) | |
Daily smokers | Daily smokers (A1) | Reducers (A2 i) | Ex-smokers (B1) |
Never smoked daily but smoked 100 or more cigarettes | - | Continuing occasional smokers (A2 ii) | Ex-occarional smokers (B3) |
Never smoked daily and never smoked as much as 100 cigarettes | - | Experimenters (A2 iii) | Never-smokers (B2) |
Never smoked at all | - | - | Never-smokers (B2) |
個人の喫煙状況で共通するカテゴリーの例をいくつかあげれば以下の如くである:
喫煙者[ smokers]=毎日喫煙者( daily smokers)A1 +時折喫煙者( occasional smokers)A2(iーiii)
喫煙経験者[ ever smokers]=毎日喫煙者A1+時折喫煙者A2(iーiii)+ 前喫煙者 ( ex-smokers )B1+ 前時折喫煙者( ex-occasional smokers) B3
毎日喫煙経験者[ ever daily smokers]=毎日喫煙者A1+減煙者A2(i)+前喫煙者B1
前喫煙者=前毎日喫煙者B1
また, 次の事項も加えられている。
無煙たばこ使用( smokeless tobacco use):前記の定義は無煙たばこ(例えば, かぎたばこ[ snuff], キンマ噛みたばこ[ betel-quid chewing] その他の噛みたばこ)の使用についても全く同様に応用される。
たばこ使用者( tobacco user)は喫煙者でも, 無煙たばこ使用者でも, またその両方の使用者でもある者のことをいう。
喫煙の流行状況は『ある一時点において喫煙者(毎日喫煙者および時折喫煙者の両者)である人々の比率(通常は%で示される)』と定義される。
調査対象となる集団中の喫煙者数 | ||
喫煙率(prevalence of smokers, %) = | ────────────────── | ×100 |
調査対象となる集団の総数 (喫煙者および非喫煙者) |
諸外国の調査報告では, WHO の国際標準規格に従って喫煙状況調査を実施したことを記載している例5) もあり,また, シガレット喫煙者のみを調査対象とすることを明記している例も少なくない6 – 8) 。 わが国の調査においても, たばこ製造物として葉巻たばこ(シガー)やパイプたばこなどを喫煙する人々を, どのように取扱ったかの記載が必要であろう。
禁煙
WHO のガイドライン4) では禁煙( quitting smoking)の取り扱いの重要さが指摘されており, 前喫煙者については2 種類の比率を算出できることが示されている。 一番目は母集団全員中の前喫煙者の割合として定義され, 以下の如く計算される。
調査集団中の前喫煙者数 | ||
前喫煙率= | ──────────────────────────── | ×100 |
被調査集団総数(喫煙経験者および喫煙未経験者) |
ところが, この数値は毎日喫煙経験者として分類される人々の禁煙行動の特徴を明確に示していないという問題がある。 前喫煙者である毎日喫煙経験者の%比率を示すために, 新たな禁煙率 (prevalence of cessation)を用いる必要があり, これは次のように定義される:
被調査集団中の前喫煙者数 | ||
喫煙率= | ──────────────────────────── | ×100 |
被調査集団中の毎日喫煙経験者数 |
また, “quit rate”や“quit index”, あるいは “quit ratio” といった用語もこの禁煙率と同様の意味で用いられている。 厚生省の実態調査報告1) によれば, 現在喫煙者(15 歳以上)の26.7%が喫煙を『やめたい』と考えており, 『本数を減らしたい』と考えている者を含めた禁煙希望者の割合は64.2%に及ぶとされているが, 禁煙方法は多種多様で あり, その成功率も表3 9) の如く様々である。 米国保健省( U. S. Dept. of Health and HumanServices)が公刊した禁煙法に関する総説と評価の中で,従来の禁煙評価法に内在する問題点を 7 項目をあげているが9) , 特に禁煙率の追跡調査について極めて重要な問題点を指摘しているので紹介すると- 「追跡調査に関する 3 つの問題点がある。 つまり, 調査は時として, 1,指導を完了した人, または, 2,調査に回答した人たちだけに基づいていたり, 3,追跡調査期間が短すぎたりすることである。 プログラムによっては, 指導終了時に禁煙している人々を禁煙者とみなして, 喫煙率を計算している。 追跡調査期間は 1 年間が必要であるが, 6 ヶ月でも止むを得ない。 6 ヶ月以下ではまだ結果の信頼性に疑問が残る。 この点については, ここ数年間で,ほとんどプログラムが 1 年間の追跡調査を行うようになってきており, 改善されてきている。 しかし, 多くのプログラムが部分的追跡しか行っていないため, 1, 2,の問題点については(特に催眠術と鍼療法)追跡調査の方法が不明であり, 報告された禁煙率の有効性についての判断は難しい」 他 の 6 項目として, 「1.喫煙状況についての自己申告の信頼性の問題, 2.研究者によっては, 禁煙行為ではなく喫煙本数の減少により結果を評価することの問題, 3.プログラムの方法, 具体的なやり方, 対象, 追跡調査その他についての記載不足がしばしばあることの問題, 4.比較対照グループの必要性, 5.禁煙方法の中に 3~4 の方法を含むプログラムでは, どの, “方法”が実際に使われたか判断するのは困難なことが多いという問題, 6.各方法間での比較の難しさに関する問題」が述べられているが, 特に1年間の追跡調査結果を客観的に確認された禁煙率で算出し, また, 研究の方法, 対象, 手順についても十分に記述することにより, 研究者とプログラム実行者は上述の諸問題を解消することが可能となる, と強調されている。 わ が国においても, 保健医療担当者による種々の介入を伴う禁煙指導が広く行われるようになり, 最近の禁煙教室10) や禁煙外来11) における禁煙成績は1 年間の追跡結果に基づいている。 諸外国におけるニコチン置換法(ガム12, 13) , パッチ12, 13) , スプレイ13, 14) , インヘイラー12) )を応用した場合の成績でも, 降圧剤投与法(クロニジン15) , ブプロピオン16, 17) )を用いたり, または, ニコチン置換法との併用(ブプロピオン+ニコチンパッチ17) )した場合の成績でも,いずれにあっても, 最近の報告における禁煙評価はほとんど12 – 14, 16, 17) が1 年間の追跡結果から得られている。 6 ヶ月の追跡結果によった報告15) でも, 1 年以上の追跡を実施したうえでこの薬物投与法の効果を判断すべきことを述べている。 喫煙再発は禁煙後 3 ヶ月以内に起こりやすいことが国内10) , 国外18) ともに広く知られており, 1年以降の再発も皆無ではないことが経験されている10) 。 1998年に英国の国民健康保険( NHS : National Health Service)の公刊した「禁煙ガイドラインおよびその費用と効用」19) の中でも, 禁煙評価は 1年間の追跡期間を基礎としており, わが国においても今後益々進展してゆくであろう各種禁煙指導の合理的評価が, 広く実行されることが期待される。
追跡調査6ヶ月以上
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追跡調査1年以上
|
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禁煙方法
|
研究数
|
禁煙率
の範囲(%) |
禁煙率
の中央値(%) |
禁煙率
33%以上の 割合(%) |
報告数
|
禁煙率
の範囲(%) |
禁煙率
の中央値(%) |
禁煙率
33%以上の 割合(%) |
自己禁煙 | 11 | 0-33 | 17 | 18 | 7 | 12-33 | 18 | 14 |
禁煙教育 | 7 | 13-50 | 36 | 71 | 12 | 15-55 | 25 | 25 |
5日間禁煙計画 | 4 | 11-23 | 15 | 0 | 14 | 16-40 | 26 | 21 |
集団療法* | 15 | 0-54 | 24 | 20 | 31 | 5-71 | 28 | 39 |
薬物 | 7 | 0-47 | 18 | 14 | 12 | 6-50 | 18.5 | 17 |
ニコチンチューインガム | 3 | 17-33 | 23 | 33 | 9 | 8-38 | 11 | 11 |
ニコチンチューインガム と行動療法 |
3 | 23-50 | 35 | 67 | 11 | 12-49 | 29 | 36 |
催眠術(個人) | 11 | 0-60 | 25 | 36 | 8 | 13-68 | 19.5 | 38 |
催眠術(集団) | 10 | 8-68 | 34 | 50 | 2 | 14-88 | – | 50 |
鍼 | 7 | 5-61 | 18 | 29 | 6 | 8-32 | 27 | 0 |
医者の忠告・ カウンセリング |
3 | 5-12 | 5 | 0 | 12 | 3-13 | 6 | 0 |
医者の介入・ カウンセリング (より強力なもの) |
3 | 23-40 | 29 | 33 | 10 | 13-38 | 22.5 | 20 |
医師の介入・肺疾患患者 | 10 | 10-51 | 24 | 20 | 6 | 25-76 | 31.5 | 50 |
医師の介入・心臓病患者 | 5 | 21-69 | 44 | 80 | 16 | 11-73 | 43 | 63 |
危険因子 | – | – | – | – | 7 | 12-46 | 31 | 43 |
急速喫煙 | 12 | 7-62 | 25.5 | 33 | 6 | 6-40 | 21 | 17 |
急速喫煙と他の方法 | 21 | 8-67 | 38 | 57 | 10 | 7-52 | 30.5 | 50 |
飽和喫煙** | 11 | 14-76 | 38 | 64 | 12 | 18-63 | 34.5 | 58 |
普通の速度の嫌忌喫煙** | 13 | 0-56 | 29 | 31 | 3 | 20-39 | 26 | 33 |
ニコチン漸減** | 7 | 26-46 | 27 | 29 | 16 | 7-46 | 25 | 44 |
禁煙契約** | 9 | 25-76 | 46 | 89 | 4 | 14-38 | 27 | 25 |
複合プログラム** | 13 | 18-52 | 32 | 38 | 17 | 6-76 | 40 | 65 |
* 集団療法のうち、3つの報告は5カ月の追跡結果である。
**他の禁煙方法が併用されていたと思われるもの。そのうち、いくつかの報告では2つ以上の方法が併用されている。
注釈:「33%」は33%以上の禁煙率をあげた研究の割合である。中央値は3回以下の研究については計算できない。
注意:禁煙率は全体的な傾向を示唆している。禁煙率の大部分は自己申告に基づいている。
いくつかの禁煙率は全対象者に対する率を出すために計算し直されたが、大部分は研究者の報告に基づいている。 いくつかの禁煙では、指導を完了できなかった人や追跡調査に応じなかった対象者を除外して算出されている。 追跡調査の定義は、研究により異なる可能性がある。
文献
1) 厚生省:平成 10 年度喫煙と健康問題に関する実態調査報告書, 厚生省保健医療局, 2000, P.222.
2) 厚生省:平成 9 年度版国民栄養の現状.平成7 年国民栄養調査成績.厚生省保健医療局監修, 第一出版, 1997, P.149.
3) 厚生省:喫煙と健康.喫煙と健康問題に関する報告書第2版.健康・体力づくり事業財団,1993, P.334.
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16) Hurt, R.D., Sachs, D.P.L., Glover, E.D., et al.: A comparison of sustained-release bupropion and placebo for smoking cessation. N. Engl. J. Med., 337:1195-1231, 1997.
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18) Fiore, M.C., Wetter, D.W., Bailey, W.C., et al.: The Agency for Health Care Policy and Research smoking Cessation Clinical Practice Guideline. . J.A.M.A., 275:1270-1280, 1966.
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